2019年5月〜2020年11月ゴール
江戸時代には佐渡金山から産出した金を江戸に運ぶ街道として幕府にとっては重要な街道であったという北国街道を歩き始めました。中山道で通過した信州の追分宿から分岐し、小諸、上田を経て、善光寺へ。ここからは妙高を越えて高田宿で北陸街道に合流します。
2020年11月6日日本海に出てゴールしました。
2019年3月〜 現在 河津町35番栖足寺まで
江戸時代には伊豆にも88ヵ所遍路があった事を知り、友人と歩き遍路を始めました。伊豆半島全体にある88寺の満願を目指して444Kmの遍路旅スタートです。しかし、死ぬまでに満願できるのか?現在コロナ騒ぎで1年以上足踏み状態
最終更新2021.1.1
2019年2月21~22日
2019年のスタートウォーキングは東海道の宮から桑名までの所謂七里の渡しを嫌った人達が陸路を行った街道、佐屋街道を歩いてきました。しかし、流石に名古屋という大都会では開発も進み何も残ってはいないようでした。
2018年11月1~2日
今年5回目となる奈良へまたまた出掛け、一泊二日で初日は葛城古道を歩き、二日目は二上山に登り、山頂にある大津皇子の墓をお参りしてきました。9月にはヒガンバナが咲き、賑やかになる葛城の道も紅葉前のこの時期は静かなものでした。
2018年9月28日
三島から下田に続く旧下田街道の一部、天城の浄蓮の滝から河津までが「踊子歩道」と名付けて整備されている事を知り、いつものメンバーで出掛けてみました。県内と言う事で行き帰りはこれまでと大違いに楽でした。県内にもいい街道がありました。
2018年6月21日 〜 2018年6月23日
古代史を少しでも囓るとだれも天武・持統天皇ファンになるようです。今回は天武天皇亡き後、夫であった天武天皇の後を引き継ぎ夫の願いであった律令国家としての日本という国を創り上げた持統天皇がかつて夫と暮らした吉野宮へ行幸したという道を3日間かけて辿ってみました。
2018年4月4日 〜 2018年4月5日
以前からの念願であった「柳生街道」を笠置駅から奈良市内までを一泊二日で歩いて来ました。偶然にもこの二日間は天気も良く気温もかなり高くなる予報で、暑さを心配しましたが、予報ほどには暑くならず快適なサクラの花の下で気持ちのいい柳生街道になりました。
2017年7月7日 〜 2018年3月15日
2018年3月15日、無事下諏訪宿にゴールしました。
暑い7月にスタートした自分にとっては3番目の五街道となる甲州道中も8ヶ月後の2018年3月に、下諏訪宿にゴールイン。甲州道中は距離は210Km程度と短かかったのですが、その道中は想像していた以上に大変な街道でした。
2017年6月2日 〜 3日
山辺の道は3年前に南半分の桜井から天理は歩いていたので、今回は北半分の天理から奈良の予定でしたが、初めての人もいたので、全コースを一泊二日で歩く事になりました。丁度この時期、気温もあまり上がらずソヨソヨ風も吹き、この時期としたら最高のウォーキング日和に恵まれました。
2016年3月 〜 2017年4月
塩の道を歩いている時に同族のおじさんが言っていた「中山道が一番良かった」という言葉に吊られて、中山道をスタートしました。東海道以来の日本橋に立ち、東海道とは逆の北に向かいます。ゴールは翌年の春真っ盛りの4月でした。となる筈でしたが、2017年の桜は全国的に異常に遅く、残念ながら蕾の桜に迎えられてのゴールでした。