100寺巡礼 第3回 (山梨)

福田山 塩澤寺

山号は福田山。
ンッ? あれ、バスの運転手さんと同じ名前だ!
本尊は地蔵菩薩
開創は弘法大師空海上人

大同三年(808)年、真言宗の祖、弘法大師空海が諸国を衆生救済の行脚ををしたおり、この地に厄除地蔵菩薩の霊験を感じ、大師自らが6寸あまりの坐像 (現在は秘仏であって、公開はされていない)を彫刻され、その尊像をご開眼されたのが、開創となっている。
また、開基は空也上人となっており、この地を訪れた際、開扉仏(公開されていつでも参できる仏)を彫刻安置しそれより福田山塩澤寺となっている。
鎌倉時代に入り、大覚禅師により再興されたと伝えられる。
時代は下って、徳川家光の治世の1643年、湯村には、京都から良純親王(京都 知恩院初代門跡)が幽閉されて、その住まいがあった。良純親王は、御陽成天皇の第八皇子であったが天皇の怒りに触れて、都を追われて甲斐の国に流されてきた。
その当時の湯村は、「湯島村」と呼ばれていたが、「島」という字があると島流しのようであるからと、良純親王を気遣って「島」の1文字をとり「湯村」に改名したといわれている。
良純親王は、信仰深く、地蔵尊を拝して、祭りをさかんにするなど、塩澤寺の興隆にも関わったと伝えられている。都への帰還を祈っていた良純親王は、甲府下積翠寺町の興因寺、西八代郡三珠町の薬王寺と移り住んだ後、晩年その願いかなって、都に戻ることができた。 (塩澤寺hpより引用)
境内にある黒松は「舞鶴の松」と呼ばれている県指定の文化財
毎年2月13日に行われる厄除け地蔵尊祭りには10万人もの人が訪れるほどの賑わいになるという。


山門


本堂


鶴舞の松