夜、8時過ぎにイスタンブールのアタチュルク空港に到着。回りが何とも騒々しい。この日はメッカ巡礼に出掛けたイスラム教徒が帰ってくる日に当たってたためその出迎えの数がもの凄い。一人に対して50人程の出迎えになるという。飛行機から100人降りただけでも5000人の出迎えになる勘定だ。トルコの第一印象 何とも騒々しい街だ!!
今日はこのままホテルだが、今回ノートパソコンを持ってきているのでホテルに着いてまずはビールを飲みながらインターネット接続。何回かの試行錯誤ののち、成功。外線発信の番号を間違えたようだった。友人15人程に写真を貼付してにメールを送信。
15時間ぶりのタバコのせいかビールが効いた。
翌朝は4時頃から近くのモスクでコーランが流れ、うるさくて寝ていられない。今日はイスタンブール市内観光だが、外は寒そうだ。
バスで高台に登り切った台地の部分にアヤソフィア、ブルーモスク、トプカプ宮殿がある。アヤソフィアは今日は休みのため入れないようだ。 トプカプ宮殿はオスマン時代の支配者の居城。日本で云ったら皇居と云う事になる。金角湾を隔てた新市街から見るとトプカプ宮殿が敵からの防御を考えた時、絶妙な位置に建っていることが分かる。
700,000平方メートルという広大な敷地持つ宮殿はそれ自体がひとつの町となっている。ただ、広大な敷地を持つだけに捕らえどころがない。トプカプ宮殿はこれだと云った写真一枚で説明できる物がないのだ。
敷地内にある宝物館には当時のスルタンが各国から献上された宝物が展示されており、ただただタメ息。トプカプ宮殿をゆっくり見学したいと思ったら1日あっても足りない程の規模。それだけに、当時のスルタンの権力がどれほどのものであったのかも想像できる。トプカプ宮殿の名前の由来はトプ(大砲)カプ(門)サライ(宮殿)から来ているとの事。
下を見るとかつてオリエント急行が走っていた鉄道がある。オリエント急行の東の端の駅はここイスタンブールのスィルケジ駅なのだ。ここから汽車に乗ればパリまで行けるとのこと。
ここからの景色は絶景だ。ボスポラス海峡のむこう側はアジア。こちら側はヨーロッパ。金角湾のむこうには新市街が見える。アジアとヨーロッパの接点なのだという事が実感できる。
昼食を海岸沿いのレストランですませて再度高台にあがりブルーモスクの見学。正式にはスルタンアフメット・ジャミィと云う。名前のとおりスルタンアフメット1世の命をうけ建てられたイスラム教会。ブルーモスクの名は内部に20.000枚以上も張られたイズニックタイルの色から来ている。
礼拝の日ともなると中から外までイスラム教徒で一杯になるらしい。それにしてもイスラム教徒の信仰心には感心させられる。世界で一番信仰心のうすいのは日本人なのかもしれない。
トルコのジャミィは丸天井のドームと尖塔(ミナーレ)に特徴がある。このブルーモスクも6本のミナーレを回りに持ち、建物は高さ46m、直径27.5mの主ドーム、4つの副ドーム、30の小ドームから構成されている。6本のミナーレを持っているのは珍しいらしい。中から主ドームを仰いでみるとさすがにその大きさにビックリ。このドームはいったいどうして作ったのだろう?
15世紀半ばにメフメット2世により建設された屋寝付きの市場。バザールの内部は迷路のようになっており、下手に歩くと迷子になる。中には約4,400軒の店があると云われ、ありとあらゆる店がある。トルコ中の買い物がここで出来そうだ。
バザールに入るとすぐに日本語で客引きが出てくるが、ここでの値段は安いものではない。以前の、安い事が身上であったグランドバザールもいまでは観光プライスになってしまったようだ。
バザールの中はシンドバッドの時代にタイムスリップしてしまったような気になる。そんな中で日本の言葉を聞くといささか興ざめてしまう。
買い物は田舎に行く明日以降にした方がよさそうだ。
トルコでも買い物の値引きは常識だが、値は下げないかわりに数でまける。ツアー後半のコンヤの街で物売りの10個千円のペンダントが15個になり20個になり、結局25個千円まで落ちた。家のカミさんは手違いで友達と二人で千円づつ出したために二人で50個も買ってしまった。50個の鎖が絡み合ってしまいほのくのに苦労していた。
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